優秀な弁護士とは、法律家とは何を勉強するのか

法律家は法律の専門家ではあっても、必ずしも事実の泉温かではないのです。
例えば、浮気があったかどうかについての依頼をされても専門家ではありません。

もちろん優秀な実務家は、事実認定についても実際上は専門家といえるような役割を果たしています。
裁判官がそういう仕事をしていますし、また、優秀な弁護士は、事実についての見通しが的確ですから、そういう意味で世の中では事実認定の専門家であると見られることがあるのはたしかです。

「事実についての見通しが的確である」とは、たとえば、ビジネスの取引で、口約束をしたかしなかったかが争いになることがありますが、その商品が急いで製造されて、それが納品されて一ヵ月ほどたって、「こんな取引は知らないから、商品を引き取れ」という請求がなされたというケースがあったとします。
そんな約束をした書面はないために、本当に契約が成立したかどうかは疑問が残ることがあります。

しかし、普段からその商品の取引がなされていた事実関係から、約束があったという事実が認定できるという前提で相手方と交渉して、説得に成功できれば、弁護士の仕事としては合格でしょう。
そういう見通しを立てて交渉して成功したとすれば、それは見通しが的確だったといえるでしょう。




ところが、契約書がなく、相手方が「契約などしていない」と強く主張しているということで、本当に事実関係がどうか自信がもてないと、きちんとした交渉ができないことになります。
いつまでたってもあやふやな判断しかできないようでは、事実についての見通しが上手であるとはいえません。
どういう事件にしても、どういう事実があったかを見抜いて、相手と交渉することが必要です。
そのため、独りよがりでない判断と説得力のある理由を示すことができる弁護士が優秀だといえます。

優秀な弁護士は事実を見抜いてしまう、というわけですね。
ただ、国家資格として、その人たちを「事実の専門家」と認定しているわけでもなければ、事実認定についてのテストがあるわけでもないのです。
あくまでも、それは各人の経験に根差したものですから、経験が異なると話は違ってきます。

現実の世界では、事実に関して科学的に検証できる範囲はまだまだ限られています。
たとえば、DNAなどで親子関係がわかるといったこともありますが、そんなふうに事実について科学的な検証ができる場合は限られています。
多くの場合は、言った言わないの水掛け論のような問題が多いでしょう。
それでは科学的な証拠など出しようがありません。




法律の内容は法律の条文で定められていますが、その意味が何かについては意見の対立があります。
同じ文章でも読む人によって読み方や解釈が異なるためです。
そのため、法律問題が裁判で争われることもあります。
その一事を見ても、いかに意見の対立が激しく、起こりやすく、そして多いかがわかるでしょう。
法律の内容についても、いろいろな考え方があるのです。

法律の本には「法律はこうなっています」と書いてあるかもしれませんが、それは一部にすぎず、むしろ、一つの問題について、いろいろな考え方があるといった問題がたくさんあります。

弁護士などの法律家は法律に正解がないならば、何を勉強するのか?という疑問があるかもしれませんが、「どうしてそれぞれの考え方が違うのか」とか、そのついのどの考え方が一番いいのかをいろいろと検討・議論する方法を勉強するのです。
議論の仕方は、論理的、説得的でなければいけません。
それを勉強する必要があります。

法律の条文の読み方も、いろいろと意見が分かれるというのは困ったこですが、一つの文章の読み方が、人によって違うというのは、ある程度は仕方のないことです。
そして、その読み方の違いが人々に大きな影響を与えます。
それが法律というものの本当の姿だと言えるでしょう。




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